9月11日にアフガニスタン周辺について色々調べてみた

9.11から20年ということで、今日はいろんなところで振り返りの記事が出ています。私も私なりに振り返ってみようと思い筆を取ります。理解の至らぬ点も多々あるかと思いますがご容赦を。間違っていたら優しく教えて下さい。

<<目次>>

1. どうしてアメリカはアフガニスタンで戦争をしたのか?

2. どうしてタリバンはビンラディンを引き渡さなかったのか?

3. 開始10年でビンラディンの死、でも撤退(終結)までさらに10年もかかったのはなぜ?

4. これからどうなるアフガニスタン

 

1. どうしてアメリカはアフガニスタンで戦争をしたのか?

A. タリバン政権が、当時アフガニスタンに潜伏していたオサマ・ビンラディンの引き渡しを拒否したから。

ビンラディンは元々サウジアラビア(の富豪の息子)ですが、1996年からアフガニスタンを拠点にしていました。アルカイダその頃から世界各地でアメリカを標的にしたテロ活動を行なっており、1999年にはアフガニスタンに対し国連がビンラディンの引き渡し要求をしますが、アフガニスタンは再三これを拒否。2001年10月に戦争が始まります。

 

2. どうしてアフガニスタンはビンラディンを引き渡さなかったのか?

A. ビンラディンはアフガニスタンにとって恩人だから。アルカイダとタリバンは兄弟だから。

じゃあ、タリバンには、ビンラディンを引き渡して戦争を避けるという道は無かったのか?ビンラディンにどんな義理があるのか?答えは時代を遡ること20年。1979年にソ連がアフガニスタンに侵攻した際、「社会主義国家からイスラム国家を守る」を旗印に、ムジャヒディンを支援するためイスラム世界各地から若者がアフガニスタンに集結します。その中に若き日のビンラディンもいました(当時22-3歳)

彼らの拠点になったのは、アフガニスタン国内ではなく、隣国パキスタンの国境沿いの町、ぺシャーワル。(地図中、カブールとイスラマバードの間)ん?なんでパキスタン?については後述(※1)

 

ぺシャーワルは対ソ連の拠点と、アフガニスタンからの難民のキャンプ地という2つの意味がありました。10年後、ソ連がアフガニスタンから撤退しますが、アフガニスタンはムジャヒディン同士の内部対立から内戦状態になります(※2)。ソ連の侵攻から逃れぺシャーワルに辿り着いた若者達は、ソ連撤退後も戦争状態が終わらず、その原因が外敵ではなく同じアフガニスタン人同士の戦いであることに不満を抱き、やがて純粋にイスラム教に基づく統一を考えるようになります。これがタリバン(=学生)の起源です。

一方、ムジャヒディン支援に集まったイスラム世界各地の若者は、ソ連撤退後に帰還しますが、ここで培った人間関係、ネットワークは組織として継続します。これがアルカイダ(=拠点)の起源です。こう見ると、タリバンとアルカイダは同時期に成立した兄弟のような関係と言えます。(※3)

ここからは感覚的な話になりますが、イスラム世界というのは非常に恩義や道理を重要視する社会なんじゃないかと推察します。もしあの時、タリバン政権がビンラディンを引き渡していたら、タリバンは恩を仇で返す者達とされ、イスラム世界での支持を失うことになっていたと思われます。チェチェン紛争の際にタリバンはチェチェン人を支援したから、アメリカ侵攻の際にチェチェン人はタリバンを支援する(※4)。この独特の国際感覚が絡み合っているのが非常にややこしい。

 

3. 開始10年でビンラディンの死、でも撤退(終結)までさらに10年もかかったのはなぜ?

A. これ本当に謎。タリバンを倒すとまとめる人がいなくなって、アメリカ軍無しに治安が維持できないから撤退するにもできなくなったという事ですか?

 

4. これからどうなるアフガニスタン

A. ロシア・中国の後ろ盾で、タリバンが国内の安定を目指す

地下資源は置くとして、ロシア・中国が一番困るのは、自国内のイスラム原理主義が活発化することです。特に中国。中国は新疆ウイグル自治区を抱えています。同じイスラムでも、イスラム国のような既存の国境を無視する奴らより、アフガニスタン1国に留めるタリバンの方が断然良いと考えます。

空港近くのホテルで自爆テロを起こした「イスラム国ホラサン州」の「ホラサン州」って何?と調べてみると、イランからアフガニスタン、新疆ウイグル自治区まで含む地域なんですね。アフガニスタンでイスラム国が台頭して、仮にこの一帯で独立しよう!という気運が高まったりすると、中国的には非常に困る。アフガニスタンには早急に安定化して欲しいし、そのための援助は惜しまないはず。

 

 

だからどうというオチも無いんですが、、、ここ数週間、読んだり聞いたりしたことのまとめとして書いてみました。

 

 

 

※1. ソ連のアフガニスタン侵攻で、対ソ連の拠点がパキスタンにあったのは、この戦争がソ連vsアメリカの代理戦争で、アメリカ(CIA)がパキスタン経由でムジャヒディンを支援していたから。つまりこの時点で、アメリカ自身がビンラディンとアルカイダを育てているという皮肉・・

※2. 「パキスタン経由で」というのが非常に狡猾で、パキスタンはアメリカからの物資・知識の支援を一旦パキスタン経由にすることで、アフガニスタンをコントロールしようとした。また、対ソ連戦線を1本化せず7つのグループに分けることで、戦後アフガニスタンが一致団結し脅威にならないよう仕組んだ。

※3. タリバン、アルカイダ、イスラム国は「イスラム原理主義」という括りでは同種だが、タリバンはアフガニスタンの統一のみを目標とするのに対し、アルカイダ・イスラム国は国境を跨いだネットワーク、活動をしている点が異なる。

※4. タリバンがチェチェン人を支援した話はこの記事から:

 

ロシアがタリバンと協調姿勢 「裏庭」の安定確保 反欧米アピールも - 産経新聞

ロシアは2003年、イスラム教徒の多い露南部チェチェン共和国の独立派勢力を支援したとしてタリバンを「テロ組織」に指定し、対決姿勢を取った。ただ、近年はタリバン幹部と会談を行うなど関係を強化。今年7月には、訪露したタリバン幹部から「タリバンはロシアや中央アジア諸国に不利益を与えない」とする確約も得ていた。

「タリバンがチェチェン人傭兵を雇っている」という話は、ドキュメンタリー映画でチラっと言及があったのを耳にしました。

 

 

出典:『タリバン』田中 宇、BBCポッドキャストのアフガニスタン特集

shoguito

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