メキシコ人と日本人の死生観が若干似ているということについて

「日本のお盆をちらっと見てたんだけど、あれってメキシコの「死者の日」に結構似てるよね。なんか死ぬことの悲壮感が無いというか。ヨーロッパの死の感覚とはまったく違うよね」

奈良市内の、とあるエスプレッソが旨いカフェで、ドイツ人の男の子が放った一言に、はっとさせられました。その感覚は、ぼくが12年ほど前にメキシコに住んでいたとき、そして帰国後、曾祖母の死と葬儀を通して感じたものと全く同じだったんです。

ずっと昔に感じたことを思い出させてくれて、しかもそれを共有できた彼に感謝しつつ、忘れないうちに、日本・メキシコ・ヨーロッパの「死」の感覚について書いてみたいと思います。


・メキシコの「死」

驚愕の「死者の日」

上述した「死者の日」というのは、11月1日から2日にかけてメキシコ全土で行われる祝祭です。「祝祭」と書いたのは、悲しい雰囲気が微塵も無いからです。

細かいところはWikipediaの解説に譲りますが、「死者の日」にメキシコ人が何をやるのかというと、お墓をカラフルに飾って酒飲んで騒ぐわけです。ガイコツをかたどった砂糖菓子を作ったりするわけです。友達に、「もしも君が死んだら」というテーマで詩や手紙を書いたりするのです。(←出典がありませんが、確かそういう慣習があったと記憶しています。現役メキシコ人の方、実例を下さい!)

ミイラとミイラキャンディー

グアナファトという町に、ミイラ博物館というのがあります。町周辺の砂漠から掘り出してきた(!)物凄い数のミイラを展示してあるのです。これが凄い。それぞれのミイラ(もちろん本物の死体)はガラスケースの中に横たわっているのですが、換気のためなのか何なのか、ケースの角の一部分に穴があいていて、指を入れて触ろうと思えば触れるし、なにより、一歩博物館の中に足を踏み入れれば、すなわちミイラと同じ空気を呼吸していることになるんです。

大人のミイラの展示だけじゃなく、中には1歳ぐらいの「赤ちゃんミイラ」の展示もあります。今でも忘れられないのは、ぼくの隣に家族連れの客がいて、4歳ぐらいの女の子が赤ちゃんミイラをみて「Qué bonito!」と言っていたことです。何が可愛いんだ何が・・・

さらに出口では、ヘラヘラ笑うメキシコ人のおっさん達が、カラメルをミイラの形にかたどった「ミイラキャンディー」を売りつけてきます。この色がまた、さっき見てきた本物のミイラとよく似ているんですよ。食べるのか、ミイラを・・

・日本の「死」

お盆

メキシコの死者の日にあたるのは、日本では「お盆」です。(これ、改めて調べてみると面白いですね・・)

旧来は7月15日だったそうですが、現在は8月15日です。1日に地獄の蓋が開き、15日に閉まるまでの間、死者が帰ってくるので、再会を祝おう、という趣旨。お盆は、メキシコの「死者の日」ほどのハデさは無いですが、家族が里帰りして再会する機会でもあり、楽しいイベントですよね、これ。

盆踊りの怪

Wikipediaによると、盆踊りは「地獄の苦役を免れた亡者が喜んで踊る」を表現しているそうです。そうだったのか!凄い。

お葬式

メキシコから帰った夏に曾祖母が亡くなり、葬儀になりました。もちろん悲しいのですが、それ以上に、お通夜→葬儀の流れは、悲しみよりも忙しさで大変でした。自宅で葬儀を行ったのにも原因があります。家族・親族は皆、お寺への連絡、葬儀の段取り、近所や関係先への連絡など、2日間はずっとバタバタしていました。

そして、葬儀が終わった夜、親族皆でささやかな夕食会をしました。おそらくこの時に皆が共有していたのは、無事終わってほっとした気持ちや、改めて亡くなった曾祖母を懐かしむ気持ち、そして、こういう形であれ、日ごろ疎遠な一族を一同に会する機会を作ってくれたことへの感謝だと思います。

食事は、終始和やかで、笑い声に満ちていました。親族の誰かが(ぼくが最も尊敬する、やはり先日亡くなった、大叔父だったと思います)ぼくに何か歌うことを命じ、ぼくはハイロウズ『日曜日よりの使者』を全力で歌いました。(使者と死者をひっかけていたわけではないんですが、今思うと、死と再生をテーマにしたこの曲は、あの場面ではぴったりだったんじゃないかな、と思います。)別の誰かが、「そんな大声で歌ったら、おばあちゃん起きてくるがな」と言い、また皆で大笑い。(細田守『サマーウォーズ』にも、そんな感じのシーンがありましたね。大好きです。)

と、こんな感じで、もちろんテイストは違いますが、メキシコも日本も、人生最大のネガティブな事件「死」を、意外と明るく受け止める側面があるといえると思います。

・ヨーロッパの「死」

生きることの反対側

ヨーロッパの死の感覚について考える機会が無かったのですが、冒頭で友人が興味深い指摘をしてくれました。曰く「日本やメキシコの「死」の扱い方はヨーロッパでは考えられない。ヨーロッパで死は生の反対側だから、死は絶対的に忌むべきもの、タブー、触ってはいけないものなんだ」と。ヨーロッパで死というテーマを、例えばメキシコ的に扱うと、それはとってもいけないことになるという事でしょうか。

ガイコツのイメージ

そういえば、ガイコツのイメージについて、どこかで読んだ気がします。メキシコでは、ガイコツをコミカルなキャラクターとして描くのに対し、ヨーロッパで同じ事をやると、真っ先に思い浮かぶのは「死の舞踏」。14世紀の大流行時にはヨーロッパ人口の3分の1~3分の2を死に追いやったペスト、そして同時進行していた百年戦争のために、人々は「死の恐怖を前に人々が半狂乱になって踊り続け」たという、恐るべき状況です。(上記の「盆踊り」も、ある意味死の舞踏ですが、意味内容が違いすぎますね)

16世紀のカリブ海の海賊や、EUの標準的な有毒物質のシンボルも、ガイコツです。共にコミカルなイメージはありません。

・三つの死について、ざっくりと言えること

以上、メキシコ・日本・ヨーロッパの死をめぐってきました。メキシコ・日本とヨーロッパで大きなギャップがあるように見えるのですが、結論として、フツーの結論ではあるのですが、やはりその土地の宗教感覚が影響しているんじゃないでしょうか。

メキシコは現在カトリックの国ですが、そのベースには14世紀から栄えたアステカの太陽信仰、宇宙信仰があります。人身御供で有名なこの信仰は、このレポートによると、「宇宙を回し続けるには、人間の血の生命エネルギーが必要」という考え方だったそうです。これは言い換えると、個人の生命エネルギーが宇宙と一体になる、転生観ととることができると思います。つまり、死ぬことは決して否定的なことではなく、宇宙と一体となれる、名誉なことである、と。

日本は宗教的に、日本人から見てもかなり複雑怪奇な変遷をしてきています(この辺を外国の方に尋ねられると、いつも説明に困るんです・・)ただ、死についていうと、仏教的には輪廻転生の考え方があって、この世とあの世が一方通行では無いですし、神道の「黄泉の国」も、行って戻ってこれる場所にある(イザナギとオルフェウスは、妻を求めて、共に黄泉の国へ下り、戻ってくる。)

一方、ヨーロッパはというと、14世紀という時代は、家族が、友人が、次々に死んでいく終末的状況の中、死への恐怖と生への執着が極限まで高められました。キリスト教の直線的宗教観、つまり、(すごく乱暴に言えば)生まれて、死んで、天国がゴールでもうこの世には戻ってこない、的な宗教観だと、死んだら終わりな訳です。(復活はキリストのみに許された奇跡だから、その辺の普通の人がじゃんじゃん復活し出すと、ありがたみも無いですよね)。死んだら終わり、なら、できる限りこの世の生を充実した、より良いものにしなければならない。そんな考え方の中で、死を忌むべきもの、全力で避けるべきものという感覚が定着していったのかな、と思います。

・あとがき

物凄く強引なこじつけではありますが、14世紀は、ヨーロッパはペストとルネサンス、メキシコはアステカ帝国、日本は鎌倉ー室町の武士の時代のはじまりと、それぞれに死生観に影響を与える出来事があり、その感覚が21世紀まで受け継がれている・・と考えてみると、壮大で面白い!と思いました。

以上!

メモ:バルガス=ジョサ『密林の語り部』で、先住民の視点からの記述で、「怒ると、世界の軸が歪んでしまうから、怒ってはいけない」という感じの、世界と自分(マクロコスモスとミクロコスモスが直接結びつく考えを表明しているところがありました。これって、『セカイ系』の思想じゃないかと思うんです。綾波レイの(とっても現代的な)転生・復活も含めて面白い。

参考:

死者の日についてのブログ(スペイン語)

追記:吉野裕子『山の神』の記述。

「葬式で墓に供えた団子を食べると丈夫になり、長生きする」「棺を巻いた布で子供の着物をつくれば丈夫に育つ」「弔旗の布で腹帯をつくると安産する」(『秋田県の迷信俗信』)という俗信も、古代日本人の他界感・死生観を示している。つまり他界は、死者のゆくところであると同時に、人の子の生まれるところ、生命の源なのである。」

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