人類は何度も帳簿に真摯であろうとし、失敗してきた『帳簿の世界史』ジェイコブ・ソール
ざっくり言うと、
・複式簿記のはじまりは13世紀イタリア。
・歴史的に見て、会計をきっちりやる国(企業)は繁栄し、適当にやる国(企業)は衰亡する。
・人類は何度も会計をきっちりやろうとし、何度も挫折してきた。ルネサンス期のイタリアからリーマンショックまで。最終的な解決策はまだ無い。
・とりあえず事業をバランスシートで捉えるのは歴史的に大事なのだということがわかった。
いかにもつまらなさそうなタイトルの本(失礼)ですが、中身めちゃくちゃ面白いです。著者の帳簿愛、バランスシート愛が随所に溢れています笑
「世界史」と言いつつ実際は欧米史ですが、この1冊についてはもうお腹いっぱいです。是非帳簿のアジア史も誰か書いてほしい。
目次
1.13世紀イタリアで複式簿記が発明された話
2.会計をおろそかにする者は滅びる話
3.筋トレ3日しか続かない人類の話
4.あとがき
1.13世紀イタリアで複式簿記が発明された話
話は十字軍遠征まで遡ります。十字軍遠征によりヨーロッパはイスラム世界と接触し、経済・文化交流が始まります。文化的には、ギリシャ・ローマ文化の再輸入から新プラトン主義、人間中心主義の流行につながり、15世紀イタリア・ルネサンスの思想的バックボーンになります。
一方、イスラム世界との接触はヨーロッパにアラビア数字をもたらしました。これが帳簿的には物凄く大きい。なぜなら以前のヨーロッパではローマ数字を使用していたからです(我々はもう、ドラクエIIIとかIVとかいう表記でしか見ないですね、、)
ローマ数字は、使いづらいんです。例えばアラビア数字で「893」とかくところ、ローマ数字では
DCCCXCIII
と表記します。長っ!ややこしっ!!桁数が増えるとさらにややこしく、さらにこの表記で四則計算なんてもぅ、、また、ローマ数字では分数・少数も表記できません。帳簿について言えば、ローマ数字で書かれた帳簿はかなりの頻度で間違いが発生していたようです。
さて、十字軍の窓口となったイタリアでは、イスラム世界との貿易が活発になりました。商売が盛んになると通貨の流通量も増え、書類が大量に作成されるようになります。ローマ数字はややこしくて間違えやすいのに、これは困る、、そんなイタリア商人達のニーズに応えたのがアラビア数字でした。複雑な計算もやりやすくなり、帳簿もつけやすい!13世紀初頭から末にかけて北イタリアにアラビア数字(と、アラビア数学)が普及し、13世紀末にはついに複式簿記(バランスシート)が発明されたようです。この世紀の大発明を駆使して14世紀を通じて大儲けしたイタリア商人、特にメディチ家がスポンサーになり、15世紀イタリアでルネサンスが花開きます。
2.会計をおろそかにする者は滅びる話
2-1 メディチ家
ところが会計をおろそかにしたメディチ家は富を食い潰し、代々禁じられていた「外国の王様に金を貸す」に手を出し、イギリス王に踏み倒され、ブルゴーニュ公に踏み倒され、結局1494年にフィレンツェから追放されてしまいました。
ちょうど同じ年、複式簿記の世界初の教科書『スムマ』がルカ・パチョーリにより出版されますが、特にベストセラーになるわけでもなく、、北イタリアにあれほどの富をもたらした世紀の大発明、複式簿記はこの後100年ほど重視されません。「簿記なんて身分の低い商人の技術」と軽視され続けます。無念
2-2 スペイン
16世紀前半はスペイン黄金時代でした。1492年の新大陸発見からの征服とレコンキスタ完了、ポトシ銀山からの収益、ハプスブルグ家領だったベルギー・オランダからの税収、フィリピン(※1)も植民地に。15世紀末に積み上げた土台に乗って、カール5世はブイブイ言わせますが、恐ろしいことにこの広大な領地からの莫大な収益を全然把握・管理できておらず、1556年の退位時にスペイン帝国はまさかの大赤字。息子のフェリペ2世も帳簿に疎く、アルマダ海戦での敗北後、会計改革に手を付けるも時すでに遅し、、
2-3 オランダ
16世紀後半〜17世紀中盤はベルギー・オランダの時代。オランダは帳簿を重視し国力をつけ、1581年にはスペイン・ハプスブルグ帝国からの独立を宣言。1584年に初代トップのオラニエ公ウィレム1世が暗殺されると、息子マウリッツが後を継ぎました。このマウリッツが、ライデン大学で複式簿記を学んだ会計エリート。統治者がちゃんと複式簿記を学んで政権運営に導入したのは歴史上、彼が初めてです。
1602年には世界初の株式会社、オランダ東インド会社(※2)を設立し大儲け。ノリにノっていますが、国として会計を重視しているはずなのに、オランダ東インド会社は財務情報を開示せず、複式簿記で管理もしていない。この辺に会計・開示責任と腹を探られたくない中の人の心情の綱引きというか、難しさがあるんですね、、17世紀を通してオランダの繁栄は続きますが、周辺国の圧力も強くなり、1664年には英蘭戦争の末に北米ニューネーデルランドをイングランドに明け渡したり。(=現在のニューヨーク)
2-4 バブル崩壊後の対応がイギリスとフランスの明暗を分ける
18世紀初頭のイギリスとフランスにて。政府の財政危機を救うスキームとして、フランスでミシシッピ会社が(最初は)上手くいったことを見て、イギリスでも南海計画を立ち上げます。つまり
①国王が南海株式会社に南米大陸の貿易独占権を与える
②南海会社が自社株とイギリス国債を交換
③(貿易独占権があるので)この会社、絶対儲かるやん!との思惑で株価が釣り上がる
・・?? このスキーム、よくわからないんですが、Wikipediaによると
- 株と国債の交換は時価で行う。すなわち、南海会社の株価が額面100ポンドにつき市場価格200ポンドの場合、200ポンドの国債1枚と南海会社株100ポンド分で等価交換となる。
- しかしながら発行許可株数は交換額に応じている(200ポンド交換した)ので額面200ポンド分の株が発行できる。すなわち、交換しても手元に100ポンド分、時価200ポンド分余ることになる。
- これを売りに出すと売り上げの200ポンドはそのまま南海会社の利益となる。
- 上記の方法で南海会社の利益があがると、当然株価が上昇する。
- 1に戻る。
すげー完全に詐欺だ!南海バブル事件の詳しい顛末をオシャレな図解でまとめてるサイトがあったので是非見てみてね。
考えた奴天才過ぎ、そして禁じ手使い過ぎ。もちろん、こんなスキームでずっと上手くいくわけがなく、ミシシッピ会社も南海会社も、株価急騰の後に暴落します。
明暗を分けたのは、相場崩壊後の不良債権処理です。フランスは帳簿に強い為政者がおらず、混迷を極めます。この時点でフランスはバリバリの絶対王政、ルイ15世の時代。この後も順調に対外戦争や豪奢な生活で負債積み上げ・デフォルトを繰り返し、もうちょっと先、ルイ16世の時代にフランス革命が起こるに至ります。
一方イギリスは、1688-89年の名誉革命で、王の権力を制限し、課税・法律の制定等、重要な決定は議会の承認が必要になるなど、議会政治が浸透、定着していました。また、思想的背景にフランシス・ベーコンやトマス・ホッブズの「政治運営に会計の考え方を導入すべき」という考え方があり、政治の中枢に優れた会計知識を持った人材が多かったという特徴があります。ロバート・ウォルポールは南海会社のゴタゴタをうまく収拾することに成功します。
こんなふうに、時代や状況の違いはあれど、人類はずっと「帳簿を真面目に頑張ってつける」→「帳簿サボって適当にやる、不正を働く」→「破滅」→「なんとか復帰、帳簿を真面目に(以下繰り返し)」をずっと続けているように見えます。現代においても。
3.筋トレ3日しか続かない人類の話
現代アメリカでも、似たような状況が繰り返されます。ざっくりざっくり言うと、
・1929年の世界恐慌の反省から、企業の会計責任のルールを監視する証券取引委員会(SEC)を設置(※3)。また、銀行業務と証券業務の分離を定めたグラス・スティーガル法を制定
・1950年代〜 企業のグローバル化で会計がどんどん複雑に。また、会計事務所間の競争激化から、会計事務所がコンサルティング業務を請け負う等、会計監査の独立性があやしくなってきた。
・1960-70年 会計を巡る不祥事が多数発生。会計事務所の信頼が失墜 → 1975年に格付け機関(ムーディーズ、S&P、フィッチ)設置
・1990年 (世界恐慌の反省から作られたはずの)グラス・スティーガル法が廃止、グラム=リーチ=ブライリー法により銀行・証券・保険の相互乗り入れが可能に。これ、やばくない?
・2001年 エンロン事件(会計監査事務所がグルになった巨額の粉飾会計)→サーベンス=オクスリー法(SOX法)で、会計の監視・経営者・監査の不正に対する罰則強化を試みる。同様の法律が世界中の国々で制定されるが、規制の目をかいくぐる”クリエイティブな”商品、サブプライムローンが開発される。
・2008年 サブプライムローン問題が顕在化、リーマンショック、グローバル金融危機
だーっと書いたら全然ざっくりじゃなかった。要は、世界最先端のアメリカでも「会計不祥事→大問題→法案、仕組みで対策→規制をかいくぐる」を、ずっとずっと繰り返しているんです。14世紀のメディチ家以来、人類は「複式簿記会計をきっちりやれば我々は正しく繁栄できる」ことを知っていながら、それを継続できないんです。筋トレが3日以上続かないんです。著者曰く「経済破綻は、世界の金融システムに組み込まれている」。いつかどこかで、必ず経済は破綻する。それに対する根本的な解決策はおそらく無い。
4.あとがき
経済破綻という、経済システムが根源的に孕む時限爆弾、これってメカニズムは違えど、人類が根源的に敵を討ち滅ぼしたがるという性向に似てるし、実は脳内での情報処理の仕方も似てるんじゃないかという気がしています。(直近の話題ですが、私は今、バンクオブイノベーションの3日連続ストップ高が始まる1日前に売ってしまった無念と、レオパレスのストップ安を回避できた安心感に包まれています)
私個人で経済破綻や戦争勃発をどうこうできないので、とりあえず会社の運営を損益だけでなく、バランスシート的に定点観測するのが非常に重要ということは納得しました。昨今の物価高のお陰で資金の大半が在庫に化けているので、在庫の回転数も考えなければ、、仕事山積みだ。頑張れ俺。
※1 フィリピンってフェリペ2世からつけられた名ですって、、知らなかった
※2 オランダ東インド会社、民間会社なのに軍隊を持ち、植民地での立法権・徴税権・交戦権まで認められていたという恐ろしい会社。株式はアムステルダム取引所で取引されていました。
※3 ちなみにSECの初代長官はジョン・F・ケネディのお父さん。