どうしてアメリカンコーヒーっていうの?その1

「コーヒー、飲みたいなぁ」

疲れた足をひきずりながら彼はつぶやくだろう。

それは解放されたばかりのパリ市街地。至るところで絶叫と歓声が巻き起こり、ほとんど皆が喜びにあふれていた8月のおわりの午後、空には雲ひとつ無く、きれいに晴れている。


彼はカフェを探している。 6月6日のひどい上陸作戦からもう3ヶ月弱、インスタントのコーヒーしか飲んでいない。ニューヨークで生活していた頃から、お酒はあまり飲まないが、ちゃんと淹れたコーヒーだけは毎日欠かしたことがなかったのに。


ヨーロッパは血みどろの戦争のどまん中。でも、ドイツ軍がパリを、ワルシャワのように破壊しなかったお陰で、パリの町並みは、戦闘の傷跡はありながらも、平和だったころのまま。彼は、アメリカで噂にきいていた、パリ市民の生活の一部、お洒落なカフェを体験してみたくて、1人で部隊を抜け出し、人ごみをかき分け、ふらふらと歩いている。でも、ほんの昨日まで銃弾が飛び交っていた街で、まともにオープンしているカフェなんてあるのかな?それより、あとで隊長にバカヤロって怒られるかな、でも、そうだよ、これから俺たちは、さらに北に進むんだ。ベルギーへ、そしてドイツへ。泥と森を抜けて、地獄はいつまで続くかわからない。パリに居る間くらい、ちょっと羽目を外してもいいじゃないか。


彼は、人ごみをかき分け、フォンテーヌ通りを抜けながら、ルーアンで顔見知りになった捕虜にもらった写真を取り出し、もういちどよく眺めてみた。


ドイツ兵士がフランス女性と談笑する写真。その捕虜は言った:

「パリに着いたら、「ムーラン・ルージュ」に行ってみな。きっと気に入るぜ。このふざけた赤い風車が目印だぞ」


それが一体、何の施設なのか、捕虜はにやりとして答えなかったけれど、こんなパリジェンヌと知り合いになれるような場所なのかもしれない。そうさ、パリに居る間くらい、ちょっと羽目を外してもいいじゃないか。


ブランシュ広場に出ると、お祭り騒ぎでごった返す兵士とパリ市民と装甲車の合間に、目印の風車はすぐに見つかった。あれか、ムーラン・ルージュ。


いや、でも、俺はコーヒーが飲みたいんだった。旨いコーヒー。パリが誇るカフェテラス。ひとり呟きながら、そそくさと隣のカフェに入る。看板には「カフェ・シラノ」。


※つづく※

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