どうしてアメリカンコーヒーっていうの?その3

 

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第三幕

登場人物:
男 アメリカ兵士、25歳。部隊を抜け出し、コーヒーを飲みに来た。
エディット・ピアフ 28歳。舞台の隣のカフェに休憩に来た。
ウェイター フランス人
ドイツ兵士
MP(ミリタリーポリス)
ピアフのアシスタント

準備中のカフェ・シラノ。男がウェイターと口論している。

男「(苦い顔)だから、言ってるじゃん。こんな苦いの飲めないよ」

ウェイター「あんたの国じゃどうか知らんけど、フランスじゃこれがコーヒーだよ。黙って飲みな。(独り言)まったく、準備中だってのに押し掛けてきておいて、俺のコーヒーに文句かよ・・」

男「(独白)ずっとずっと、パリのコーヒーに、あこがれていました。戦争がありました。流れ流れてパリにたどり着き、やっと飲めたコーヒーが、おままごとみたいな小さいカップに、地獄みたいに黒い液体が、ちょっとだけ。舌はちりちり、喉はがらがら、とても飲めたもんじゃない。 


お兄さん、これ、ちょっと薄めてくれないかな。お湯を足してくれればいいんだけど。」

ウェイター「あんたの国じゃどうか知らないけど、フランスじゃこれがまっとうなコーヒーなんだよ。俺が気合い入れて淹れた一杯、黙って飲みな。(独り言)まったく、準備中だってのに・・」

上手からエディット・ピアフ登場。イライラした様子。早足でフロアに入り、男達の口論を見つけて立ち止まり、ため息をついて、テーブルに近づく。

ピアフ「(独白)ああ、あっちでも、こっちでも、ケンカばっかり、嫌になっちゃう。どうして男ってそうやって我を張るのよ、だから戦争なんて始めちゃうんだわ。バカみたい。(ウェイターに向かって)ピエール、あんた、ケンカはやめて、さっさとあたしのカフェラテ作ってよ。フォームたっぷりのね。あと、灰皿ちょうだい」

ピエール「あぁ、ピアフさん、すいません、だって、このアメリカ人が、ばっちりクレマの乗ったエスプレッソが苦いだの、お湯を足せだの言うもんだから、ついカッとなって・・」

ピアフ「(男をちらと見て、再びウェイターの方を向き)お湯ぐらい、入れてあげればいいじゃない、そんなの。バカみたい。(男の方を向いてにこりとする)でも兵士さん、無料サービスってわけにはいかないわよね。追加料金を払わなくちゃ」

男「あ・・はい」

ピアフ「決まり。ピエール、こちらの方に、お湯で薄めたエスプレッソを差し上げて。あたしにはカフェラテと灰皿、あと何か甘いもの無いかしら。」

ピエール「(うやうやしく)かしこまりました、ピアフさん」

ピエール、上手に退出。ピアフ、男の席につく

ピアフ「(座りながら)ご一緒してもいいかしら?煙草はいかが?」

男「(恥ずかしそうに)いえ、ぼく、吸わないので・・」

ピアフ「あら、そう」

ピアフ、煙草に火をつける。ピエール、灰皿を持って登場、ピアフに渡し、すぐに退場。

男「・・あの」  ピアフ、男の方を向く。
  「ありがとうございます。あの、なんていうか、僕、アメリカのコーヒーとパリのコーヒーがこんなに違うって、考えられなかったんです。ほんとに、所変われば、ですね」

ピアフ「(少し興味を示す)あなた、ヨーロッパは初めて?」

男「はい、生まれてからずっと、ニューヨークの下町で育ちました。これから、ベルギーを抜けて、ドイツに行きます」

ピアフ「そう。ヨーロッパ旅行、気をつけて、楽しんでね。

 ヨーロッパは不思議な所なの。こんな狭い土地に細かく柵をつくって、違う言葉を喋っていがみあって、無駄に歴史が長いだけで、誰も仲良くすることを知らないのよ。あたし、ドイツが悪いとか、フランスが正しいとか、そういうことはわからないし、興味もないの。けれど世の中はそういうわけにいかないみたいね。あたしにとっては、もちろん可愛いパリっ子たちは大好き、それに、ついこないだまで熱心に来てくれた優しいドイツの兵隊さんたちも大好き。それってそんなにいけないことかしら?

あなたはせっかく遠いところから来てくれたのに、子供たちのケンカに付き合わされて、ごめんなさいと言うべきなのか、素直にありがとうと言うべきなのか、時々わからなくなっちゃうわ。」

男「(微笑む)ぼくは、、」

突然、通りから機関銃の銃声。男、すぐに立ち上がる。

男「(後ろを振り向き、ピアフに)椅子の陰に隠れて!」

ピアフ、椅子の後ろに隠れる。テーブルの花瓶が割れる。男、下手に走って行く(退出)。しばらくして、ドイツ兵士を連れて戻ってくる。

ピアフ「あら、ハンス!だめじゃないの、表で銃なんか撃ったら危ないわよ。あたしに当たったらどうするつもり?(男の方を向く)この人、ついこないだまで、よくあたしのコンサートに来てくれてたのよ。」

ドイツ兵、申し訳なさそうに頭を下げる。

男「(ドイツ兵に向かって)なあ、逃げてもらってもいいんだけど、きみがパリから脱出するのは難しそうだし、おとなしくここで捕まっておいたほうがいいと思うんだけど、どうかな?」

ドイツ兵士、うなずく。男、椅子を勧める。

男「ほら、きみの国が生んだ最高の椅子だよ。待ってて、今コーヒーいれてもらうから。(ウェイターに)ピエール、彼にも一杯、お願いできないかな。まっとうなフランスのコーヒーを一杯。」

ピエール「(カウンターから顔を出して)おい、ドイツ野郎に出すコーヒーなんてねえぞ、ふざけんな!」

ピアフ「(ピエールを遮る)ピエール!」

ピエール「でも、ピアフさん・・ちぇ・・わかりましたよ・・・」 

ピエール、渋々カウンターに戻って、飲み物を作る。男、ピアフ、ドイツ兵はテーブルにつく。ピアフ、吸いかけの煙草を再び吸う。しばらく沈黙。

男「さっきの話ですけど」

Pピアフ「なんだっけ?」 

男「子供たちのケンカの話」

ピアフ「ああ、そうね」

ピエール、飲み物を持って現れる。

ピエール「はいお待ち、カフェラテと、オレンジ砂糖漬けのチョコレートがけです。これ、ピアフさんのために作ったんですよ。」

ピアフ「あら、ありがと、ピエール。嬉しいわ」

ピエール「(男に)お前さんにはこれだ。エスプレッソをお湯で倍に薄めた。飲んでみな」

男「ありがとう。お代は倍払うよ」

ピエール「(ドイツ兵に)あんたはこれを、苦いだの、濃いだの、言わないよな?フレンチローストの細挽きをきっちり9気圧で抽出したぞ。貴重品なんだから、大事に飲めよ」

ドイツ兵、うなずく。ピエールはカウンターに戻る。
男が話しはじめる。

男「うまく言えないんですけど・・このケンカに巻き込まれなければ、ここであなたと話したり、こんな風に、さっきまで殺し合っていた相手と、パリのど真ん中で、ドイツ製の椅子に座って、コーヒー飲むことなんて一生無いだろうなって思うんです。(コーヒーを一口すする)うん、旨い!(カウンターに向かって)ピエール、これ、旨いよ!」

ピエール、ニヤリとうなずく。

男「(ピアフに向き直る)ぼく、ルーアンで仲良くなったドイツ兵に、ムーランルージュに行ってみろって、それで、ここへ来たんです。なんていうか、ケンカはもちろん良くないんだけど、ケンカしながら仲良くすることもできるっていうか、うーん違うな、それはそれ、これはこれ、として、うまくやる方法って、絶対どこかにあると思うんです。ドイツとフランス、今は大変な時だけど、どこかで全て水に流して、ちゃんと一緒に生きていく道をみつけると、ぼくは信じてますよ」

ピアフ「全て・・水に・・流す・・」

ドイツ兵、うなずく。ピアフ、コーヒーを飲み干し、煙草を消して、立ち上がる。

ピアフ「ありがとう。あなた、お名前は?」

男「フレッド」

ピアフ「フレッド、名前のとおり、クールな人ね。ありがとう。あたしも、うまく言えないけれど、もやもやしていたことが、ちょっとすっきりした気がするわ。やっぱり、今日の最後はあの曲を歌うことにする。フレッド、今夜のご予定は?あたし、隣で歌うんだけど、招待するわよ(ドイツ兵を向き)あなたも招待したいけど、無理みたいね、残念だわ」

ドイツ兵、肩をすくめる。フレッド、立ち上がり、ピアフと握手する。

フレッド「クールですね、是非!」

上手からピアフのアシスタントが駆け込む。

アシスタント「ピアフさん、こんなとこに居たんですか!リハーサル、始まりますよ!フランシスさん、怒ってますよ!」

ピアフ「あら、そうだったわ。行かなきゃ。(フレッドを指しながら)マリー、あとでこちらの方に招待券をお渡ししてね?(フレッドに)じゃ、後でね!」

ピアフ、アシスタントと上手より退出。下手からMP2人が駆け込む。

MP「(フレッドに)ドイツ兵士を捕まえたと通報があったが、こいつか?」

フレッド「はい。よろしくお願いします。(ドイツ兵に)またどこかで、きみに会えるの、楽しみにしてるよ」

ドイツ兵、うなずく。MPに連れられ、下手より退出。フレッド、再び席に着く。

フレッド「なんか色々あるね、今日は。(コーヒーを飲み干す)うん、いいね。ピエール、もう1杯お願い。(メニュー眺めながら独り言)アメリカ人にはこれぐらい薄いほうが受けると思うなー。」

ピエール「(コーヒーを作りながら)やれやれ、じゃ、メニューに追加しとくか。名前は「アメリカンコーヒー」でいいよな。アメリカ人大好き、わざわざ薄くしたコーヒー。」

フレッド「アメリカンコーヒー、悪くない!でさ、立て看板に書いとけよ、アメリカ兵士が押し寄せるぜ。いや、俺が書いてきてやる」

フレッド、立ち上がり、下手より退場。

ピエール「(出て行くフレッドに向かって)おい、ついでに「USドルOK」って書いといてくれよ!」


End

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