違和感について、越境するということについて

静岡のおしゃれカフェFikaのオーナーが、良いエスプレッソが口の中に広がる感覚を「違和感」という言葉で表現されていたのを、凄く新鮮に感じました。その言葉の意味すること(シニフィエ)を「舌の奥に突き刺さる刺激臭」という別の表現(シニフィアン)で共有していると思ったから、というのもあるのですが、「違和感」という、どちらかといえば日常生活の中で使い古された言葉のシニフィエをちょっとだけ、洗練された形でずらして見せてくれたからです。(こういうのを詩的言語と言うんだと思います。衒学的だと言われればそれまでですが、コーヒーの嗜好なんてそもそも衒学的でしかないのでは?とも思いますし。フリーダ・カーロに例えスノッブだとバカにされても、シュルレアリスムを嫌いになるわけじゃないですし、同じ意味で『神の雫』も好きです。下戸ですが。)


ここ数年、特に仕事がサラリーマンから自営業になり、自分の仕事や付き合う人を自分の采配でどうにでもなる生活になってから、ぼくは2つの「違和感」 -辞書に書いてある意味と、前述した、エスプレッソのえもいわれぬ苦い酸味という意味で - をとても敏感に感じるようになり、それを避けたり、または進んで飛び込んだり、また一歩引いてみたり、この2-3年、その繰り返しだったと思います。運命を縦糸に、自由意志を横糸に、たまに糸目を間違えたり、飛ばしたりしながら、「違和感」に忠実に、自分なりにいろいろ編み上げてきました。


違和感にもいろいろあります。ある人と出会って話をして、いい人そうだし話も面白いんだけど・・・なんとなく違和感だったり。ネットショップやってるの?じゃあこれこれこういうやり方すれば君、絶対儲かるよ!と言われて、うーん・・なんとなく違和感だったり。その違和感が、自分のちっぽけな人生のちっぽけなプライドにそぐわないから感じている、という場合もあるし(このケースはかなり多いと思う)。でも、たまーに、年に1-2回、強烈な「違和感」にぶちあたることがあるんです、特にポジティブな意味で。2012年に気合入れて一緒に仕事やることになる怪しいスペイン人もそうですし、もっと前に、ぼくが家具の仕事を先鋭化させていくきっかけになった人々との出会いもそうですし。


今日出会ったのは、人ではなく、言葉。今このタイミングだからこそ刺さったのだと思います。


「今後こっからどれだけ日本人っていうものを世界に知らしめていくか。やっぱりそれが今後の日本人のテーマ。僕たちに課せられた使命なんじゃないかというふうに思います」


byサッカーの本田氏。


この言葉を見つける数日前に、自分の来年のテーマは何なんだろうなぁと考えていて、やっぱり「越境」だろうな、「越境」しか無いなと思っていたわけです。しかしここにも違和感・・自分は越境しないと価値を生み出せないと思う、でも、それだけ?何のために、何をもって、越境するの?という疑問があるわけです。そこに上の言葉が刺さった。マシンでがっつり抽出したエスプレッソですっきりしました。「越境」して、「日本人っていうものを世界に知らしめていく」。これ、少なくとも2012年いっぱいのテーマにしようと思ったところです。


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