自己組織化し続けるサグラダ・ファミリア

ガウディは、わざとサグラダ・ファミリアを永く未完の状態でいるように設計したんだろうか?


いたるところに建材や模型が転がる教会内。ガウディの意志を引き継ぎ、建築を続ける人たち。そんな人たちによって再設計を繰り返され、新しいも古いも、螺旋も曲線も入り乱れたモチーフ。


それら全てが、ぼくに「あぁ、この構造物は自己組織化してるんだなぁ」と思わせる。


この教会は、自分で足りない部分を補い、あるひとつの完全体のイメージに向かって自己組織化を続けている。その意味で、これは「生きている」。だから、いつかこの建築が完了したら、その瞬間からこの構造物は、ある意味では「死んだ」ものになるんじゃないかと思う。


ぼくらは、生きた巨神兵の腹の中に入るわけだ。それが試行錯誤の生であるからこそ、意味も無く宙吊りになったまま放置された一輪車なんかを目にすることができるわけだ。「サグラダ・ファミリアの中での、宙吊りの一輪車との出会い」


多分ぼくは、完成したサグラダ・ファミリアよりも、未完のそれの方が好きだと思う。だから未完のうちにもう一回行きたい・・・今のとこ、2026年完成予定だって?じゃ、まだまだ時間あるね。


 

 

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