地方行政について 言語とコミュニケーション

衆愚政治って、どうしたらええのん?

若干重いテーマで書いてみます。朝の4時ですからね。

先日、衆議院の総選挙がありました。その事前の(少なくとも、ネット上での)国民の注目度にも関わらず、投票率は最低。インフレ目標と国土強靭化の自民党が圧勝・・

以下略。個別政策についてブログで語れる程、私は強くありませんわ・・・今日書こうと思っているのは、10数年前にありがたくも選挙権を頂いてから、ずっと気になっていたことについて、ちょっと明らかになった気がしたからです。

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まともなエスプレッソを 行ってきました

こんな「ど田舎」にある、エスプレッソマシンの聖地について

以前、近鉄奈良駅近くで男前なエスプレッソを出してくるお店「カシェット」さんについて書いたところ、カシェットさんにエスプレッソマシンと豆を卸している会社の方から書き込みを頂くという、なんというかブログならではの面白サプライズがありました。

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この人を見よ

トラベラーというより冒険家 – Noelfy

昨日、作って長らく放置していた(笑)Twitterのアカウントに、女子からメンションが届き、「なんだよースパムかよー」と思ってプロフィールを見てみると、すげー面白い人でした。Twitterって、いいなぁ。。


Noelfyというそのスペイン人女子は、 read more »

日本的な、あまりにも日本的な

大和撫子についての考察(3.0)

前回までのあらすじ:

・大和撫子のプロトタイプは、記紀神話のクシナダヒメ、オトタチバナヒメにさかのぼる。彼女らは不思議な力で夫を護り、プロジェクト成功に導く。(1.0)


・日本は古来、山岳信仰・蛇信仰の文化。記紀神話では、「女性の不可思議な力」と「蛇信仰」が「櫛」を通じて結びつく。(1.5)


・ギリシャ神話と日本の神話にはよく似たエピソードがたくさんあるにも関わらず、ギリシャ神話に沢山出てくる「悪女」が日本神話には見られない。原因は、神話が書き物として記述された時代背景にあると推測される。卑弥呼の例に見られるように、日本にも女系社会が浸透していたはずだが、記紀成立の700年代前半には既に男系社会が優位になっていた為、意図的に(か、自然にそうなったのか)「力を持つが、夫に従順」な女性像が書き留められた。(2.0)

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日本的な、あまりにも日本的な

大和撫子についての考察(2.0)

悪女だらけの世界の神話


メディア」という女性をご存知でしょうか?ギリシャ神話に出てくる恐ろしい人です。この人の恐ろしさは、三枝和子氏(※1)に言わせれば、こんな感じです。(以下引用)


「この女性は金色の毛皮を求めて自分の国にやって来た英雄イアソンと恋に陥ち、父王を裏切って彼の仕事を助け、弟を連れてイアソンと共に父の許を脱出する。当然、父王は軍隊を率いて後を追う。するとメディアはとんでもないことを思いつく。弟を殺してその死体をばらばらにし海に撒いた。父王が遺体を拾い集め、もよりの港で息子の葬式をしているあいだにイアソンと共に逃げ了せるのである。メディアはそのあと夫を苦しめるために我が子を殺したり・・」

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日本的な、あまりにも日本的な

大和撫子についての考察(1.5)

さて前回、礼節をわきまえ、引っ込みすぎず出過ぎない「大和撫子」の起源を、クシナダヒメとオトタチバナヒメの「力」、そしてその象徴としての「櫛」というところまで来ましたが、前回レポート後、友人に吉野 裕子著『山の神』を教えてもらい、早速読んでみると、今回のテーマにまさにドンピシャ。ギリシャ神話の話に行く前に、こちらの本についてひとつ、書いてみます。

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日本的な、あまりにも日本的な

大和撫子についての考察(1)

先日、どこかで、美輪明宏氏が「大和撫子」について話していました。


「”大和撫子”というのは、礼節をわきまえ、おごらず、引っ込みすぎず、出すぎず、謙虚でたしなみがある女性のことです。そして優しさや思いやりがあり、それでいて芯の強さを持った女性が、大和撫子を名乗れるのです」美輪氏が言うと説得力があります。


そういえばこの「大和撫子」という言葉、ぼんやりと、上記のような意味なんだろうなとは思っていましたが、じゃあ語源はどこにあるのか、どういう経緯でこういう意味になったのか、よくわからないので、調べてみました。

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地方行政について

遅ればせながら、尖閣その他もろもろ領土問題について

最近急に流行りだした、日本と中国・韓国間での領土問題について、尊敬する人々(主に茂木健一郎氏、池田信夫氏、宗文洲氏)の意見を読みながらいろいろ考えていましたが、久保田さんのエントリに触発されて、私もなんか書いてみることにしました。

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日本的な、あまりにも日本的な

メキシコ人と日本人の死生観が若干似ているということについて

「日本のお盆をちらっと見てたんだけど、あれってメキシコの「死者の日」に結構似てるよね。なんか死ぬことの悲壮感が無いというか。ヨーロッパの死の感覚とはまったく違うよね」

奈良市内の、とあるエスプレッソが旨いカフェで、ドイツ人の男の子が放った一言に、はっとさせられました。その感覚は、ぼくが12年ほど前にメキシコに住んでいたとき、そして帰国後、曾祖母の死と葬儀を通して感じたものと全く同じだったんです。

ずっと昔に感じたことを思い出させてくれて、しかもそれを共有できた彼に感謝しつつ、忘れないうちに、日本・メキシコ・ヨーロッパの「死」の感覚について書いてみたいと思います。

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地方行政について 言語とコミュニケーション

大津市の事件の終わりに父親になったぼくが考えたこと

2012年7月、滋賀県大津市でひとりの男の子が亡くなりました。それは親を、クラスメートを、学校と大人たちを巻き込み、大きな議論に発展しました。(すぐ後に開催されたロンドンオリンピックに呑まれて、そしてその後の竹島問題で、報道は下火になりつつありますか。)

同じ頃、 read more »