ドイツ人と日本人の「個人」と「社会」の感覚について※加筆訂正要

※下記の文章は2007年頃、ドイツでサラリーマンをしていた頃に書いたものです。いろいろ訂正すべき所がありますが、とりあえずそのまま載せます。


(以下本文)

ここに書かれるのは基本的に日本的甘やかされ文化の擁護だということを最初に言っておきます。


相場 均著『異常の心理学』に、恐ろしく興味深い一文アリ。

「・・・このような日本人が海外に行くとその依存的性格が目立ち、ひんしゅくを買ったりもするが、一方感情的に安定しているという美点も買うべきだろう。余り甘やかされずに育ち、厳しい生存競争の中で一人一人が孤独なアメリカ人は自主的・積極的に行動するが、いったん予期しない事件にぶつかるとパニック(恐慌状態)に陥りやすいのと対照的である。」


もちろんこの「不安定」さには個人差があるのだと思うのだけれど、ぼくの周りにはまさに上記の文章に当てはまるような人間がたくさん居るような気がしてならない。ぼくが今現在非日本人に対して持っている解釈は:


①人生の早い段階で親は子供に介入することをやめ、子供は自由とそれに伴う責任を手に入れる。

②ドイツ人の家族(特に親)の中には、「家族はこうあるべきである」というようなステレオタイプの概念が比較的薄いように思われる。

③慢性的な節約家である。


①について「介入」とは、「強制=矯正」という意味もあるし、「金銭的補助」という意味もある。ドイツ人はとても早い段階から精神的にも、経済的にも自立することを要請される。大学生の殆どは(実家から通える距離であるにしろ、ないにしろ)下宿をする(キッチン・バス・トイレ共同ってやつ)。大学に殆どお金がかからない(05年上半期から授業料が必要になったらしい。それでも日本円で5万円/半年ぐらいだったと思う)、家賃が安い(もちろん物件によるだろうけど、300ユーロ/月が平均じゃないかな。もっと安いかも)ことは彼らにとって幸いである。


社会の構造が違うことはもちろんだから、単純に日本人とドイツ人を比較することはできない。しかし社会構造が違うからこそ、そこからの影響の受け方、考え方、育ち方が変わってくるのだと思う(人が環境をつくるのではなく、環境が人をつくる―チャベス前と後でベネズエラ人の人間性はどのように変わっただろうか?)


①について、日本について考えてみれば、多分殆どの親は子供の学費を払うだろう(ぼくは例外を2件しか知らない)。その代わり様々な意思決定の場面で親が介入するのは普通だと思う。もっとマクロから見れば、「世間」という概念が子供・若者の「個」に絶えず影響を与える。(乱暴な言い方をすれば、日本人の「個」はいつも「世間」の反映、つまりそれに恭順か、反抗するかのどちらか?)もう少し進めれば、「世間様」に顔向けできるように振舞えば、日本の中では一応生きていけると考えられる。
一方ドイツ人はもっと早い段階から自分の進路を決定しなければならない(詳しいところは、西尾幹二著『日本の教育、ドイツの教育』を参照)


②でぼくがイメージしているのは、日本の家族とドイツの家族の違い。例を挙げると、多分日本の家族はお客さんがその中に居る時に家族ゲンカ(シリアスなディスカッションの域でも)はしないと思う。ドイツ人は昼メシ時に誰が居ようと、つかみかからんばかりのケンカを始める(見ているこっちが息苦しい)。そこには日本的な「身内」の概念の欠如が挙げられると思う。


③が、ぼくがまだよく理解できないところなのだけれど、ドイツ人は総じてケチだということ(例を挙げるとキリが無い)。ケチな親が徹底して娘息子にまでケチな態度を平気でとることは、特に①に関連して、子供の性格形成に影響を与えると思う。


①-③を通して出てくる結論は、ドイツの子供は①「世間」の概念からも、②「身内」の概念からも、③経済的にも守られていない、つまり外の世界に露出している。だからこそ自分を守るために強靭な自己意識を持つ必要がある。強靭な自己意識とは、強靭な自己正当化(理論武装)であり、強靭なアイデンティティである。


上記を裏返せば、そのまま日本の子供の描写になる。①「世間」の概念から守られ、②「身内」から守られ、③経済的に守られている。だからわざわざ自分を守る必要は無い。アイデンティティにあたる日本語が存在しない(自己同一性、と翻訳できようか?)のも、そんな概念が必要なかったことを意味している。


このような解釈から、上記相場氏のコメントを再び参照。

「・・・このような日本人が海外に行くとその依存的性格が目立ち、ひんしゅくを買ったりもするが、一方感情的に安定しているという美点も買うべきだろう。余り甘やかされずに育ち、厳しい生存競争の中で一人一人が孤独なアメリカ人は自主的・積極的に行動するが、いったん予期しない事件にぶつかるとパニック(恐慌状態)に陥りやすいのと対照的である。」


少なくともドイツ人についても同じことが言えると思います。この考え方を下敷きに、(こっちが本当は書きたかった!)ドイツの女の子、日本の女の子の比較に展開しよう。当然、日本的甘やかされ女の子の擁護です。

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