キューバにみる言語学的パラダイムシフト

(注:本エントリは甚だしくエセ哲学的/言語的/衒学的表現が頻出します。)



ヨアニ・サンチェスの本日のエントリは、びっくりするくらい言語学的示唆に富んでいる気がします。
要は、キューバにおいて、共産主義の定番「同志(compañero-コンパニェーロ」という言葉が次第に消えつつあるということ、それはこの言語共同体の内側から、共産主義的な求心力が自滅しつつあることを暗示している。人々は共産主義に抵抗するのではなく、ただ興味が無いのだ!



(参考:エドワード・サピアの言う「ドリフト」もしくはソシュールの「通時態」。)



★★★



言葉は「上から押し付けられる語」と「下から生成する語」の2種類あって、それらが相互に絡み合い、淘汰されながら変化していくのだと思います。「同志」という言葉は、元々<1.同僚>や<2.同級生>という意味だったところに、<3.共産主義的盟友>の意味を「上から押し付けられて」追加され、誇張され、宣伝されてきた語であると思います。もちろん、キューバにおいて。



(compañeroという語自体は、例えばメキシコでは1.2.の意味合いで普通に使われるし、これからも使われていくと思う。キューバでは3.の意味がねじ込まれた末に、キューバ人にとっての語感が既に変化してしまっているのだろうと思う。キューバにおいて、この語は1.や2.の意味ですら使われなくなるのだろうか?だとすれば、共産主義はひとつの語を人為的に殺したことになる。)
(「意味を知っている」という事と「その意味を感じる」事は別の次元にあると思う。スペイン人は皆、cogerという語が、スペインではという意味だけど、ラテンアメリカではの意味になることを知っている、けれど、そう感じない。同じように、私は「なおす」という言葉が関東ではという意味だということを知っている、けれど、そう感じない。この温度差は大きい。)



似た事例が、ドイツにもある。ドイツの政党:緑の党(die Grüne)では、党内の人は皆、敬称sieを使わず、親称duで呼び合うことを奨励される。ボランティアスタッフが、党首にduで喋るのか!似た事例が、台東区の某会社でもあった。社長や部長といった肩書きで呼ばず、「さん」づけで呼ぶという奴。翻って、自営業の身となった今は、取引先の営業さんに「社長」とか「専務」と言われる始末。「犬」と呼んでもらった方が気楽だ。



参考:大学の時に書いた意味不明な言語学レポート



P.S. ドイツの緑の党のプロパガンダのポップセンスは抜群。優秀なゲッベルス2世が居るのかと思われる。緑だけに、大麻の合法化をマニフェストに上げていた(2005年当時。今は知りません)時のスローガンは、THC statt FDP (FDP(ドイツ自由民主党)の代わりにTHC(大麻の実効成分)を!) 他にも、同性愛者の社会保護を訴えるポスターでは、乳首をつまみ合っている2人の女性の絵が描かれていたり。ウチの民主党にもそういうポップセンスが欲しいわ!

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