(翻訳)シリア戦争を10分で解説

 

シリアはここ。スペインから8時間。
主要人口はこの部分(黒)に密集している。なんでって、この部分(黄色)は全部砂漠だから。でもこの部分(赤)には、世界の石油と天然ガスの3分の1が埋蔵されている。

(segun algunos..不明)

石油をここからヨーロッパに運ぶのに、アラビア半島を回り込んで、スエズ運河から地中海に出なくちゃならない。ご想像通り、ここ通航料取られます。でももっと簡単なルートがある。ここ、まっすぐ。(矢印)

(シリア拡大図)

ここをコントロールする者は、ここを石油の蛇口みたいに開けたり閉めたりできる。お金を払わないと、石油もガスも出て来ない。

(esta region esta poya?? 不明)

ここは世界の最初の文明のひとつ、メソポタミア(緑)、ここにシュメール文明。(この辺結構雑)バベルの塔の話もここから。エジプトはこっち。歴史上、いつもここはアジアから地中海に抜ける、西洋と東洋の接点だった。多分、これがこの地域に多くの一神教が生まれる理由だったんじゃないかと思われる。(※1) ユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教。イスラム教は最後に生まれ、前者2つを包有した。つまりモーセやイエス・キリストはイスラム教における預言者という位置付けになった。

(ヨーロッパ・中東拡大図)

で、この地域はすごく重要なので、いつも大帝国の中に捉えられてきた。ペルシャ帝国、アレクサンドロス帝国(図中「ギリシャ帝国」と表記)ローマ帝国。ローマ帝国は東西2つに分割され、最終的にこれだけが残った。

その後、最後にできた一神教、イスラム教が帝国をつくりあげた。(緑)
十字軍を覚えてる?十字軍は、キリスト諸国による軍隊で、今テーマになってる重要な部分(エルサレム周辺)を奪還しようとする運動やね。

最後に来たのがテュルク系民族。テュルク系って、現在の「トルコ」から来たんじゃなくて、起源はジンギスカンの西方征伐(※2)。この辺全部を征服し、オスマン帝国を作ります。オスマン帝国は第一次世界大戦まで、600年間続く。

(画像、イラク・シリア拡大)

第一次世界大戦が終わった時、オスマン帝国があったところに突然、小さい国が幾つか出来る。ここでようやくシリアが地図に現れる。で、この国々は誰がつくったのか?1916年、サイクス・ピコ協定(https://ja.wikipedia.org/wiki/サイクス・ピコ協定)。

(画像、ヨーロッパ・中東・アフリカ図)

英仏は独力でオスマン帝国を倒せなかったので、その住民、アラブ人(緑)の助力を得るため、アラブ人だけの国を約束した。問題は、

(画像、新しい紙)
アラブ人というのは人種であって宗教的カテゴリじゃない。つまり、イスラム教徒のアラブ人、キリスト教徒のアラブ人、ユダヤ教徒のアラブ人がいるという事。

(画像、イラク・シリア拡大)

アラブ人に1つの国は与えられなかった。(ちょっと不明)これら小さい国々はちゃんとした国ではなく、実際は英仏の管理下にあった(国旗)。

(画像、シリア拡大)

この時期、英仏はこれらの国々で好き放題やった。石油があったよね?シリアはそんなに埋蔵量はないけれど、地中海に近いから輸送しやすい。(以下不明)

(画像、イラク・シリア拡大)

第二次世界大戦後、英仏が出て行く。でも出て行く前に、イスラエルを作った。(※3) (以下不明)イギリスが去った後、周りのイスラム国は皆イスラエルを攻撃。これ以来、この地域には火種が尽きない。

(画像、ヨーロッパ・中東・アフリカ図)

で、その後シリアに何が起こったかというと、この国は安定しない。クーデターがあったり動乱があったり・・この時期、シリアにひとつのイデオロギーが生まれ、イスラム圏に伝搬した。バアス。これはアラブ一国主義と社会主義が結びついたもの(※4)。重要なのは、これが宗教と切り離された政治イデオロギーだという事。

シリアはエジプトと協調した。そもそもアラブ人のための国を作るという夢がある。でも協調は失敗。

(画像、イラク・シリア拡大)

エジプトは石油の国有化を説得(ここ?)で、現アサド大統領の父がバース党首になる。イラクもバース。サダム・フセインが権力を持ち始める。(同じバース党なのに)ここでシリア派か、イラク派かで分かれる。そして世界は冷戦の時代に。アメリカかソ連か。(シリアはソ連側)(以下不明)シリアはレバノンを侵略し、イスラム同胞団とケンカを始める。

(別の紙)

ちょっと戻ろう。アラブ人の多くはイスラム教徒だよね?イスラム教にはスンニ派とシーア派がある。シリアの場合、政府や軍はシーア派。人口の13%以下。反対に人口の70%はスンニ派で、興味深いことにキリスト教徒も10%いる。少数のシーア派が国をコントロールしているので、多数のスンニ派は不満を持つ。イスラム同胞団はこの不満感情を利用し、都市ハマーで蜂起。これに対しアサド父は焦土作戦を支持、何千もの人を虐殺する(https://ja.wikipedia.org/wiki/ハマー虐殺)(※5)

2000年にアサド父が死去、現アサドが大統領になる。いろいろ自由化、インターネット導入といろいろ改革したので、何か変わるんじゃないかと期待。野党政党が現れ、ムスリム同胞団も帰ってきた。その後、彼らにとって厳しい時期になった。反対政党を次々逮捕。「悪の枢軸国」入り。

(中東マップ)

シリア他数ヶ国にまたがるクルド人勢力も反抗し始める。弾圧される。

(画像、ヨーロッパ・中東・アフリカ図)

2011年、「アラブの春」が起こる。何これ?アラブ諸国で発生した民主主義を求める運動。アラブの春がシリアに来た時、アサドは軍隊を出し、衝突によりたくさんの人が死んだ。衝突は市民戦争に発展。

(別の紙)

全ての国民はシーア派(少数)とスンニ派(多数)に分かれる。シーア派、かつ汎アラブ主義はアサド政権側。この赤い部分を掌握している。(赤い範囲)。

アサド政権はスンニ派、イスラム原理主義のFSA(自由シリア軍)と対立。シンプルに「反政府勢力」と呼ばれる。ここが勢力範囲(緑)

スンニ派のイスラム原理主義過激派はアルーヌスラ戦線またはシリアのアルカイダは、そのまんま、シリアのアルカイダ。

もう一つの過激派はイスラム国。イラクのアルカイダから生まれ、シリアの最大勢力。

(シリア拡大図)

オレンジの部分は、アサドが弾圧していたクルド人勢力。現在は軍事的に制圧している。
最後に、2015年10月現在の諸外国の支援状況を確認しておこう。(国旗が並ぶ)アサド政権は紛争の前からシリア国内に基地があったロシア、イランと中国。全て、ヨーロッパが「東側」と呼ぶ国々。自由シリア軍、つまり反政府勢力はアメリカ、トルコ、フランス、イギリス、サウジアラビアが支援している。

(白紙)

結論。これは個人的見解。この戦略的地域は皆が欲しがる。シリア(地域)は常に大国の中に含有されてきた。イギリスもフランスも、400年前もイギリス・フランスだったが、シリアはまだシリアになって100年も経っていない。国境だって自分で作ったんじゃなく、英仏に押し付けられた。ヨーロッパは中東をコントロール下に置くために現在の国境線を引いた。多くの歴史家は、全ての国民はその国の運命を導くべきと言うけれど、今まで見てきた中身はシリア(バース党)がやろうとした事に反し、市民戦争を引き起こしてしまう。この絶望的な状況の中で、イスラム国はアラブ人のアイデンティティと過去の大帝国のイメージを利用する。

 

<注>

※1 ユダヤ教の成立については、紀元前5-6世紀のプチ氷河期が影響しているとの説も。Wikipediaの「枢軸時代」も参照。 http://shoguito.com/nadeshiko3/ にも書きました。

※2 アナトリア半島におけるテュルク系の動きは超ややこしい。そもそもテュルク系とは、テュルク諸語を話す諸民族を指しますが、ここでは「イスラム化したテュルク」テュルクマーンのこととします。最初にアナトリア半島に到達したテュルクマーンはセルジュク朝で、11世紀後半にガンガン勢力を拡大していた頃、「トルコ人がエルサレム巡礼の邪魔をするよー」という事で第一回十字軍が編成されたという経緯があります。動画中、オスマン帝国がアジア方面からやってきた的な表現になっていますが、実際はアナトリア半島の先の方から興った国です。オスマン帝国が最大になったのは17世紀。

余談ですが、オスマン帝国はアナトリア・中東どころか15世紀には東ローマ帝国を滅ぼし東欧まで攻め入ります。ルーマニアで気合いの入ったやつがヴラド公、後にドラキュラのモデルになる人です。https://ja.wikipedia.org/wiki/ヴラド・ツェペシュ

※3 シリアのフランスからの独立は1946年、イスラエル建国は1948年。念のため。

※4 汎アラブ主義、アラブ社会主義。ソ連が後ろ盾。50年代、エジプトでナセルがムスリム同胞団を弾圧し、同胞団はサウジアラビアに亡命。79年のアフガニスタン侵攻の際、ソ連に対抗するために同胞団が参加し、CIA主導で「イスラム聖戦士団」が作られた。これが後のアルカイダの母体になったという説も。
https://ja.wikipedia.org/wiki/サイクロン作戦

※5 ハマー虐殺により、イスラム同胞団の反政府活動が終焉。スンニ派が黙ってしまう。


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