作品を鑑賞する視点についての考察

芸術ってよくわからん

 
10数年前、大学で、「美学」なんて潔いタイトルの授業があったもんですから、内容も確認せず受講しました。ジャケ買いです。ジャケ買いは、たまに大当たりします。今だにブログのネタにするぐらい良かった授業です。大久保先生、元気にされてるのかなあ・・?
 
多分、その授業できいた、絵画を鑑賞する際の笑い話のひとつ。「その絵をみると、赤や黄色や黒で円や直線がごちゃごちゃと描かれている。ううむ。困ってしまって、何かヒントになるかしらと思って、絵の横のメモを見る。『無題』。これはお手上げだ・・」
 
でも、全然笑い話じゃなくて、これって私たちが(多くの場合、デートの口実として)美術館に行くたび、感じることです。で、なんかふらふらとよくわからない絵画を眺めてうろうろして、20分ぐらいで出て、近くの喫茶店でお茶しながら、エセ文化人な女子と「よかったねー」なんて談笑するんです。私の青春を返せ。
 

だから、こんな風に作品を鑑賞したい

 
 もとい。先日の「わざ言語」に関するエントリでも言いましたが、何かの芸術作品や表現に出くわした時に、「好き」「嫌い」はともかく、「いいね」や「凄いね」以外のどれくらいの言葉で、自分が感じられるのか、感じたことを表明できるのか、というのは、以前からのテーマでした。芸術をただ消化不良のまま排泄するのではなく、永遠に思い出し、比較検討し、批判したいんです。
 
また、その作品に対峙した瞬間の自分の状態を感じること(場所や空気、体調や感情、誰と一緒?など)は、作品「そのもの」の素晴らしさを測ることと別個に、同時に、大切な要素だと思います。なぜなら、その作品を総合的に認識・評価できるのは感覚器官ではなく、脳だからです。その作品から感じ受けるク、クオリアは、その瞬間に脳が保持している記憶・知識、注意力、感情の動きに大きく左右されるからです。だからこそ、その作品が「たまたま良かった」場合もあるし「たまたま悪かった」場合もある。前情報を得ることで、無ければ恐らく逃していた微細なチョコレートフレーバーを感じ取ることができたりとか。
 
 であれば、鑑賞が行き当たりばったりにならないためには、定点観測をしなきゃならない。それを教えてくれたのが、岡田斗司夫『オタク学入門』でした。『オタク学入門』が良著だと思うのは、それがアニメ・映像作品の裏側、制作者の観点を少しだけ教えてくれる、だけではなく、サブカルチャーだけじゃない、あらゆる表現・作品を鑑賞するための視点・スキームを整理してあるところだと思うのです(※1)。
 

作品鑑賞のための3つの視点

 
さて、オタク学の3つの視点「粋」「匠」「通」にヒントを得て考案したのがこちら。

1.Text

作品、表現そのもの、また、その作品からリンクしていく作品のこと。テクストそのものの美しさであるし、間テクスト性(intertextuality)であるし、ハイパーリンクするハイパーテクストについても、ここに属する。(「粋」)(念のため、「テキスト?テクスト?どっち?」)


2.Context

文脈。作品の作者や、時代背景、それが完成するに至った素地。(「粋」と「通」の一部)


3.Texting

作品をつくるための素材、技術、工法、思考法。(「匠」と「通」の一部)


どういうこと?

オタク学の視点だと、個人的にしっくりいかなかったので、ソシュール言語学の基本構造にこじつけてみました。

(記号表現=文字「犬」、記号内容=文字の意味<犬>、指示対象=犬そのもの、という感じです。詳しくはWikipediaでもどうぞ。)


「文字」と「意味」と「そのもの」にこんな三角関係が成り立つなら、「作品」と「作者」と「言わんとしていること」も、こんな関係になるんじゃないか?


作品には3要素、コンテクストとtexting(製作する行為)、そして成果としての表現があるとする。でも、それだけじゃない。そこに、その表現に対峙する「私」という要素が加わる(※1)。そこではじめて「わざ言語」的になってくると思うんです。



「わざ言語」に注意せよ

先日のエントリの後、盟友S嬢とチャットするなかで、さすがに彼女は慧眼なので、こんなコメントをくれました。 (以下、無断転載)


わざ言語の 利点は『イメージをフワっと伝えるられる』ことなんだけど、同時にそれは『(本質を理解してなくても)理解した気に(された気に)なれる」という危険を孕む『諸刃の剣』だよね。


前エントリで引用した例でいくなら、日本舞踊の扇の開き方「天から舞い降りる雪を受けるように」という表現をきいて「そうか、わかった!」と、日本舞踊をかじったこともない私の(エセ)理解と、それこそ長く深く日本舞踊に携わって来た人が悩みに悩んでこの表現に辿り着いた時の理解とは、全く違うはずなんです。富野由悠季氏も、「ガンダムに戦争を教わった」とかほざくエセガンダムファンにきっぱり「あんなもの、戦争じゃないから!」と突き放しています。同じ意味で、ティム・オブライエン『本当の戦争の話をしよう』を読んで「この本に戦争を教わった」なんて言うのも、エセです(←4年程前、私、こんな事を言っていた気がする・・)



まとめ


  • デートの口実に美術館に誘うのは道徳的に間違っています。
  • 3つの視点は、芸術だけでなく、食事や人物評やその他何にでも使えると自画自賛しています。今後、このスキームでいろいろ書きたいです。特にエスプレッソの旨い不味いとか。
  • いずれにしても、こういう面倒くさい芸術鑑賞の仕方はデートには不向きです。ハルキストに間違われて嫌われる可能性大です。「わざ言語」に注意せよ。



注釈:

※1:正しいオタクの3つの視点を自分勝手に整理してみました。出典『オタク学入門』


「粋」・・・「自分独自の視点で作品中に美を発見し、作者の成長を見守り、楽しむ視点」
作者の経緯、時代背景。「アートの文脈を読む」「鑑定家の視点」造形美、文体美
text パクリ、intertextuality(ってココか?)テクスト/間テクスト性
「観る」世界と趣向、見立て、あつらえ


「匠」・・・「作品を論理的に分析し、構造を見抜く科学者の視点」
「傑作から盗み、自らも名人を目指す職人の視点」
grammer 構造美。映画で言えば、時間枠にどういう仕掛けを施すか、とか。
「診る」


「通」・・・「作品の中に垣間見える、作者の事情や作品のディテールを見抜く目」
作品内に、スタッフの情熱や葛藤を見いだす視点。「中の人」を観てる。
「ヒッチコックのカメオ出演」もこの視点。TDLの隠れミッキーも。
キャスティングから作品をみる。
「視る」


※2 この辺が、「共時態」静的な体系としての言語システムに対する、「通時態」のダイナミズムとか、文法的意味に対する言語使用論的意味とかが絡んでくるとぐっと夜も眠れなくなりそうですが、明日も仕事なので寝ます。残念。


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